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種まきの喩えR. L. ハイマーズ Jr. 神学博士 著 ロスアンゼルスのバプテストタバナクル教会にて THE PARABLE OF THE SOWER by Dr. R. L. Hymers, Jr. A sermon preached at the Baptist Tabernacle of Los Angeles |
今晩、私は通常のやり方と違ったやり方で説教します。 マルコの福音書第4章を開いてください。 私は種蒔きの喩えを説明します。 それはマタイの福音書、マルコの福音書、そしてルカの福音書の中でも見ることができます。 しかし私たちは、今晩マルコの福音書からそれを学びます。 喩えとは、イエスが霊的な真実を説明し、解りやすくするために話した話です。
この喩えの主要な真実は何でしょうか? それは―福音を聞く大多数の人々は救われないということです! 救われる方法を聞く人たちの圧倒的大多数の人たちは救われないのです。 彼らは地獄へ行きます! 群衆は地獄へ行きます。 少数の人たちのみが救われます。 その事は今日多くの人々を驚かせます。 彼らは、「人を地獄に送る神を私は信じない」と言います。 そしてあなた方は、「しかし、聖書の神は人々を地獄へ送るのでしょう」と言うかもしれません。 彼らは、「私はそのような神は信じない。 私の神は、決してそのような事はしない」と言います。 彼らが言っている事は、彼らの考えで勝手に創り上げた神は、そのような事はしないという事なのです。 しかし私たちは、あなた方が勝手に創りあげた神について話しているのではありません。 “十二ステップ”の人たちは、「あなた方が理解する神」について話します。 しかし、私は不正な神について話しているのではありません。 あなた方の考えで勝手に「創り上げた」神は不正な神です。 「あなた方が理解している神」は、不正な神なのです。 私は、あなた方が理解していない神について語っているのです。 その方は、聖書にだけ御自分を現される神です。 その方は聖書の神なのです! そして他にはいません! 私は、あなた方が信じている不正な神について語っているのではありません。 私は、聖書に現れる―すなわち、真実の神について語っているのです。 あなた方の不正な神は、人々を地獄へ送りません。 しかし真実の神は、そうされるのです。 マタイの福音書第7章13節で、主イエス・キリストは、ほとんどの人たちが地獄の「滅び」に入って行くと言われました。 その次の節で主イエス・キリストは、救われる人は、「まれ」であると言われました―正に稀なのです。 そしてそれがこの喩えの主要な点です。
イエス・キリストが話された事は、簡単明瞭な話です。 彼は、種を蒔く人が種を蒔きに出て行ったと言われました。 彼が種を蒔いていた時、ある種は道端に落ちました。 鳥が来て素早くそれを食べてしまいました。 ある種は、土のあまりない岩場に落ちました。 その種はすぐに芽を出しました。 しかし日が昇ると、その芽は枯れてしまいました。 なぜなら、根が強くなかったからです。 他の種はいばらや草の中に落ちました。 茨が伸びてその芽をふさいでしました。 ですからそれらは実を結ばなかったのです。 最後に、ある種は良い地に落ちました。 それは芽ばえ、育って、良い実を結びました。 それが喩えなのです。 それは簡単で短い話です―しかし、それは非常に重要な真実を私たちに語っているのです―すなわち、福音を聞く極くわずかな人たちが救われるという事です!
その喩えの四種類の地肌は、福音を聞く四種類の人々を表しています。種は神の御言葉、聖書、イエス・キリストを通しての救いのメッセージを示します。 この教会に来る全ての人は福音を聞きます。 彼らをそれに対してどう対応するかが、このたとえ話の四種類の地肌によって示されているのです。
I. 一番目に、福音を聞き、そしてそれをすぐに忘れてしまう人たちは失われている。
マルコの福音書第4章15節に注目して下さい、
“みことばが道ばたに蒔かれるとは、こういう人たちのことです—みことばを聞くと、すぐサタンが来て、彼らに蒔かれたみことばを持ち去ってしまうのです” (マルコ4:15)。
彼らは、教会に一度ないし二度訪ねて来る人たちのことです。 彼らは神の御言葉、救いのメッセージを聞きます。 しかし、“鳥が来て食べてしまった”(マルコ4:4)のです。 その種を食べる鳥は、サタンと彼の悪霊どもを表しています。 “すぐサタンが来て、彼らに蒔かれたみことばを持ち去ってしまうのです”(マルコ4:15)。
私たちは彼らに、キリストは十字架で彼らの罪を償うために死なれた事を話します。 悪魔は彼らに、「あなたに罪は無い。 あなたは良い人である」と語るのです。 ですから神の御言葉は、彼らの思いに働きかける悪魔によってすぐさま取られるのです。 私たちは、「キリストは、あなた方に永遠の命を与えるためによみがえられた」と話します。 悪魔は、「そんなことを信じるな! それは作り話、おとぎ話である」と言います。 ですから神の御言葉は、彼らの思いに働きかける悪魔によって素早く取られるのです。 イエスは、悪魔は“偽り者”(ヨハネ8:44)であると言われました。 悪魔は、福音を信じないで救われないようにあなた方に偽りをつきます。 悪魔は、あなた方を彼の奴隷のままにして置きたいのです!
私たちは、毎週日曜日に福音を聞かせるように多くの失われた人たちを連れてきます。 彼らのほとんどは二度と戻って来ません。 私たちは、彼らに救いのメッセージを聞かせます。 私たちは、彼らに昼食(もしくは夕食)と盛大な誕生日のパーティーを催します。 私たちは、彼らが教会に来やすいように接待します。 しかし、彼らのほとんどは、私が説教する言葉の一言も覚えていません。 なぜでしょうか? なぜなら、“すぐサタンが来て、彼らに蒔かれたみことばを持ち去ってしまうのです”、だからなのです! ある人たちは、説教が彼らに何の影響も及ぼさないまま、彼らは何度も教会に戻って来ます。 なぜでしょうか? なぜなら、毎回彼らは悪魔のいう事に耳を傾け、そして悪魔が彼らの心から神の御言葉を持ち去ってしまうからです。 私たちは、説教の印刷原稿を家に持ち帰って読むよう彼らに与えます。 彼らはそれを読み、それについて真剣に考えるでしょうか? いいえ、そのような事はしません。 彼らのほとんどが、家に帰った時にそれらの原稿をゴミ箱に捨てている事は分かっています。 私はそれを知っています。 しかし、私は彼らに毎週同じようにしています。 なぜ私たちはそういう事をするのでしょうか? なぜならイエスが、“街道や垣根のところに出かけて行って、この家がいっぱいになるように、無理にでも人々を連れて来なさい”(ルカ14:23)と言われたからです。 神はこのように言われました、
“彼らは反逆の家だから、彼らが聞いても、聞かなくても、あなたはわたしのことばを彼らに語れ” (エゼキエル2:7)。
「終わりの日」に近づくにつれ、人々は神に対してますます反抗してきます。 ですから、悪魔と彼の悪霊どもは人々の心と思いから、神の御言葉をより頻繁に取り去る事が出来るのです。 四十年前には、『聖書研究会7時より』と書いたポスターを掲示する事が出来ました。 若者たちはやって来たことでしょう。 彼らの多くはそのような掲示を読むだけでやって来たことでしょう。 私はそのことを知っています。 私は、サンフランシスコ市の近くに、ヒッピーの人たちと一緒に教会を始めました。 彼らは罪人でした。 正にそのものでした。 しかし、彼らが邪悪だったにしろ、彼らは今日の若者たちよりはるかにましでした! 今日、ほとんどの若者たちの心は頑なで、大きな金鎚でもってしても、彼らの思いを突き通す事は出来ません! それにも関わらず私たちは、「彼らが聴こうが聴くまいが」続けます―なぜなら、神が私たちにそうするように告げられたからです! そして時たま私たちは、福音を聞き、そして救われる選民の一人を見出すのです。 しかしそのことは、終わりの日が近づくにつれ、ますます稀なことになり、この現世は終わりを告げるのです。 私は、少なくともここアメリカでは、神が“それゆえ神は、彼らが偽りを信じるように、惑わす力を送り込”(テサロニケ第二2:11)む事で、人々を裁いていると確信します。 それでも私たちは、神がこの邪悪で悪に支配された時代においても、抵抗出来ない恵みによって、選民は引き寄せられるという事を知っています! 私たちは多くの群衆を探してはいません。 私たちは、至る所で神が救う為に選ばれた数少ない人たちを探しています。 なぜならイエスが、“あなたがたがわたしを選んだのではありません。 わたしがあなたがたを選び”(ヨハネ15:16)と言われたからです。 神は、御自分の主権の恵みによって選ばれた人たちを導かれるでしょう。 ハレルヤ! しかし、神が選ばなかった人たちは、“みことばを聞くと、すぐサタンが来て、彼らに蒔かれたみことばを持ち去ってしまうのです”(マルコ4:15)。 あなたはどうでしょうか? あなたは神の選ばれた人ですか―それともあなたは、悪魔にあなたの心から神の御言葉を取り去らせ、自分の罪の中に生きて死ぬのでしょうか? なぜならイエスは、“招待される者は多いが、選ばれる者は少ないのです”(マタイ22:14)と言われたからです。
II. 二番目に、福音を聞いて、それを喜んで受けるが去って行く人たちは失われている。
マルコの福音書第4章16節、17節に注目して下さい
“同じように、岩地に蒔かれるとは、こういう人たちのことです—みことばを聞くと、すぐに喜んで受けるが、根を張らないで、ただしばらく続くだけです。それで、みことばのために困難や迫害が起こると、すぐにつまずいてしまいます”(マルコ4:16-17)。
これらの岩地の人たちは、最初のグループとは逆です。 彼らは福音を喜んで受け入れます。 彼らは教会に来るのを好みます。 彼らは讃美歌もすぐさま元気よく歌い始めます。 彼らは祈祷会にも出席します。 彼らは伝道にも出て行きます。 素晴らしい事です! 彼らは喜んでしています! 彼らは説教の印刷原稿も家にもち帰り、注意深くそれを読みます。
しかし、何かが欠けているのです。“根を張らない”のです。 彼らはキリストに根付いておらず、“キリストの中に根ざし、また建てられ”(コロサイ2:7)、そして“ただしばらく続くだけです”。 バーノン・マックギー博士は、「彼らは真から熱心になる、しかし彼らには、イエスとの真の関連がないのである。 それはただの感情の高まりである」(Thru the Bible, マタイの福音書 13:20, 21に関しての注解)と言いました。
しばらくして彼らは教会に来ることが、何らかのトラブルを起こす事を見出すのです。 何かが起こり、彼らは来たくなくなるのです。 教会に来ることで、トラブルもしくは迫害が彼らに起こると、“すぐにつまずいてしまいます”。 それはしばしばクリスマスやお正月の「休日」に起こります。 私たちが彼らに、クリスマスの晩餐会に来る事、クリスマス・イブの集会と大晦日の祈祷会に来るよう望んでいる事を彼らは知っています。 彼らは来る計画をたてます。 しかし、何かが起こります。 彼らは不信者の人達から他のパーティーに招待されます。 あるいは他の何かが起こります。 彼らは俗世間に譲歩し―そして初めての些細な「困難」、もしくはトラブルがあると出て行くのです。 「休日」によって試される時、あなたは“つまずく”でしょうか? あなたは、不信者の友人達と、俗的なパーティーやレイブ、あるいはダンスに出て行くのでしょうか? あなたの友人とラス・ベガス、あるいは、他の所に行ってしまうでしょうか? 休日の間に、さっさと離れ去って行くような、真にキリストに根付いていない何人かの人たちを、毎年私たちは目にします。
デイビッド・ F・ウェルズ博士は、有名なリフォーム主義の神学者です。 彼は、「これらの人々は、要求されるべき自己献身に犠牲を払う意図は全く無い・・・これらの[いわゆる]『回心者達』は、彼らの生活をこのように一変させる事を拒否する。 今日のアメリカには、このような人たちが大勢いる事は明らかである」(David F. Wells, Ph.D., The Courage to be Protestant, Eerdmans Publishing Company, 2008, p. 89)と言いました。
バーノン・マックギー博士は、これらの人たちを「アルカ‐サルザー・クリスチャン」と呼びました。 「彼らの中には多くの炭酸がある・・・彼らにはキリストとの真の関連は無いのである。 それはただの感情的な高まりである。 彼らは、岩地の人たちである」(同著)と言いました、
III. 三番目に、福音を聞いてはいるが、世の心づかいや、富の惑わし、その他いろいろな欲望によってふさがれるような人たちは、失われている。
マルコの福音書第4章18,19節に注目して下さい、
“もう一つの、いばらの中に種を蒔かれるとは、こういう人たちのことです—、実を結びません” (マルコ4:18, 19)。
マックギー博士は、「悪魔は道端の人々を得た。 そして肉の欲が岩場の人々を得た。 しかし、この世がこの類の聞き手の御言葉をふさいだ。 世の心づかいが入って来る・・・私は非常に多くの人たちが、“この世の心づかい”に神の言葉をふさがせた事を見出した」(同著)と言いました。
私たちは、このような出来事を何度も何度も目にしました。 何人かの若者たちは教会に来て回心したように見えます。 そうしてしばらく後に、彼らは学校を卒業し、収入を得始めます。 彼らに子供が生まれます。 彼らは他の事々に欲を持ち始めます。 私はこれを明白にするためにある節を示しましょう。 それは、“つまずいてしまう”と言っています。
非常に多くの人たちが、ほぼ二十年前に私たちの教会を去って行きました。 オリーバスという人がこの教会から去って行き、別の教会を始めました。 彼は私の教会の人たちに、私は厳しすぎると言いました。 彼らは日曜日の晩の集会に出席する必要はなく、彼らが必要としたのは、ポット‐ラックの昼食が続く午前の集会でした。 彼らには、不信者の人たちを教会に連れて来る必要はなく、彼らが必要としたのは、彼等自身が来ること―しかも、都合の良い時だけに! 彼らは、この厳しい老いた説教者から自由の身になったのです。 しかししばらくして、彼らのほとんどが、その教会から去って行きました。 彼らの内の一人がプルードホム氏に、「この彼の教会は、俗世間へ戻る、単なる途中の駅である」と言いました。 それが「オリーバスの教会の分裂」で起こった事です。 それが再び起こるでしょうか? もちろんです―もしこの世の心づかい、富の惑わし、その他いろいろな欲望があなた方の生活に入り込んで来るならば! そうです、それが岩地の人たちに起こる事です! そうです、それは起こるでしょう!
ではまた、バーノン・マックギー博士の言葉に注目して下さい、
これらの三つの地肌のタイプは、三つの信者達のタイプを表しているのではない―彼らは全く信者ではない!彼らは、御言葉を聞き、それを受け入れたと公言しただけである…言葉を変えれば、彼らは救われてはいなかったのである…4分の1が真に救われていた。率直に言って、私自身の奉仕を通して、その割合は更に低いものであることを見出した(McGee, 同著, pp. 73, 75)。
彼らは出て行って、自分たちは救われたと言うでしょう。 しかし、彼らは全く救われていはいないのです。 私は、マックギー博士に完全に同意します。 彼はそれらの救われたと言う人たちについて、「私は、彼らを[失われた福音主義派の]南(サザン)カルフォルニア・タイプと分類する」(同著p. 73)と言いました。 デイビッド・F・ウェールズ博士は、「彼らは、多くの福音主義派の教会が宣伝している『キリスト教・ライト』の典型(模範)であり・・・十分の一以下の人たちは、聖書の言葉でいう、キリストの弟子になる事の意味が全く考え付かないのである」(Wells, 同著, p. 91)と言っています。 ウェールズ兄弟に同意します!
IV. 四番目に、福音を聞き、それを受け入れ実を結ぶ人たちは、救われている。
その章の第20節に注目して下さい。
“良い地に蒔かれるとは、みことばを聞いて受け入れ、三十倍、六十倍、百倍の実を結ぶ人たちです” (マルコ4: 20)。
これらの人たちは、どのような人たちでしょうか? 名前を挙げればもっと簡単でしょう。 これらの人たちは、あなた方が模範にするべき人たちです。 ケイガン夫妻、チャン夫妻、グリフィス夫妻、ソング夫妻、メンシーア夫妻、サラザー夫人(特に彼女を!)、サンダーズ夫妻、オリバッチ夫妻、プルードホム夫妻、リー夫妻、ハイマーズ夫人、ザバラガ氏、サージオ・メロー、エミ・ザバラガ、ララ・エスコバー、ジョン・サミエル・ケイガン―それらの人たちです! 私は数名だけしか挙げていません! 彼らの模範に従いなさい。 誤る事は無いでしょう。 アーメン! ハレルヤ! 神の御名を賛美します!
それはキリストを信頼する事から始まります。 キリストを信頼する事によってそれは育ちます。 それはキリストを信頼する事によって弟子へと導きます。 昔ながらの賛美歌は、「何があろうとキリストを信じよ、イエスを信頼せよ、それだけである!」と語っています。 最初の三つの地肌の誰もイエスを信頼しませんでした! 彼らは彼ら自身を信頼し続けました。 ですから彼らは、「手放しで」私たちの教会を去って行ったのです。 彼らはイエスを信頼しませんでした。 彼らは彼らの考えと彼らの感情を信頼しました。 自分自身を信頼する事を止めなさい―そしてキリストを信頼しなさい。 キリストを今信頼しなさい、そうすれば、キリストは彼の尊い血によって全ての罪からあなた方を清めて下さるでしょう! キリストを今信頼しなさい。 そうすればあなた方は、今直ぐにも、永遠の命を得るでしょう! アーメン! ハレルヤ! イエスの御名を讃えます! チャン先生、私達を祈りに導いて下さい。 アーメン!
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(説教終了)
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アベル・プルードホーム氏による説教前の聖書の朗読:ルカ8:11-15。
ベンジャミン キンケイド グリフィス氏による説教前の独唱:
“If I Gained the World” (by Anna Olander, 1861-1939).
要 綱 種まきの喩え THE PARABLE OF THE SOWER R. L. ハイマーズ Jr. 神学博士 著
I. 一番目に、福音を聞き、そしてそれをすぐに忘れてしまう人たちは失われている。
マルコ4:15;ヨハネ8:44;ルカ14:23;エゼキエル2:7; II. 二番目に、福音を聞いて、それを喜んで受けるが去って行く人たちは失われている。マルコ4:16, 17;コロサイ2:7。
III. 三番目に、福音を聞いてはいるが、世の心づかいや、富の惑わし、その他いろいろな欲望によってふさがれるような人たちは、失われている。
IV. 四番目に、福音を聞き、それを受け入れ実を結ぶ人たちは、救われている。 マルコ4:20。 |