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地獄でのクリスマス R. L. ハイマーズ、Jr. 神学博士 著 CHRISTMAS IN HELL ロスアンゼルスのバプテストタバナクル教会にて “子よ、思い出すがよい”(ルカによる福音書第16章25節)。 |
その金持ちは死んで葬られました。 彼の魂は、すぐさま地獄の火炎へと落ちていきました、“そして黄泉にいて苦しみながら、目をあげ”(ルカによる福音書第16章23節)ました。 その金持ちは天の“はるかに”アブラハムを見ました。 彼は、“[彼の]舌を冷やす”ように多少の水を求めました、なぜなら[彼は]この火炎の中で、苦しんでいたからです(ルカによる福音書第16章24節)。 アブラハムは彼に言いました、
“子よ、思い出すがよい。あなたは生前よいものを受け、ラザロの方は悪いものを受けた。しかし今ここでは、彼は慰められ、あなたは苦しみもだえている。そればかりか、わたしたちとあなたがたとの間には大きな淵がおいてあって、こちらからあなたがたの方へ渡ろうと思ってもできないし、そちらからわたしたちの方へ越えて来ることもできない” (ルカによる福音書 第16章25-26節)。
主イエス・キリストは、地獄というところがいかに危険であることを不信者達に警告する為にこの話をされたのです。
スポルジョンとかっての救世軍(サルベーション・アーミー)の創設者ウィリアム・ブースの両者は、二十世紀での説教は地獄に関する教義を軽視するであろうと十九世紀の末に警告しました。 ブースがアメリカの新聞社に、二十世紀に迫って最も危険な事として何をみなすかと尋ねられた時に、彼は、(部分的に)“地獄なしの天国”(The War Cry, January 1901, p. 7)と答えました。 ブースの予測は真実となりました。 今日、地獄に関する説教はほとんど聞かれません。 しかしそうであってはならないのです。 世界的に著名な福音主義神学者、J・ I・パッカー博士(Dr. J. I. Packer)は、このように書いています、
キリスト教伝道者は地獄に関して[告げる]べきである;それは彼らの職務の一部である・・・伝道者達は、彼らの不信なる周囲の人達に対して、救助の任務がある、そしてキリストから離れては人々は危険にさらされているという事を率直に説明するよう同意すべき事は、誠実な者として、正当であり必然である。・・・イエスと彼の使徒達によると、身体的な死の後、個々の魂は存続し、後の世において、キリストを知らなかった人達の将来は、好ましくない、そして恐怖となるであろう。そして全ての人々はその事を告げられなければならない(J. I. Packer, Ph.D., foreword to Whatever Happened to Hell? by John Blanchard, D.D., p. 9)。
私がパッカー博士に対して持つ唯一の批判は、地獄についての説教を“クリスチャンの伝道者”のみに任命しているように思っている事です。 しかし使徒パウロは、牧師もまた“伝道者のわざを”(テモテへの第二の手紙第4章5節)成さなければならないと言っています。 牧師達もまた、“地獄に関して[告げる]べきである;それは彼らの職務の一部である”(Packer、同著)。
イエスは私達の模範です、“御足の跡を踏み従うようにと、模範を残されたのである”(ペテロの第一の手紙 第2章21節)。 イエスはしばしば地獄について説教されました、そのように、彼が私達の模範なのです。 キリストに真実になるには、全ての牧師は、時折地獄に関して、キリストが“金持ちとラザロ”について説教された時のように、明瞭にそして隠すことなく説教すべきです。 キリストは、その金持ちは死んで、直ちに火炎で苦しむ地獄へと向かったと言われました。 アブラハムは、彼にこのように言いました、
“子よ、思い出すがよい。あなたは生前よいものを受け、ラザロの方は悪いものを受けた。しかし今ここでは、彼は慰められ、あなたは苦しみもだえている” (ルカによる福音書第16章25節)。
私はこのテキストから二つの言葉のみを取り上げています。
“子よ、思い出すがよい”(ルカによる福音書第16章 25節)。
クリスマスの時期がやってきました。 私達の教会は美しく飾られています。 私達は古くからのクリスマス・キャロルを歌っています。 私達は来週の日曜日に、楽しいクリスマスの祝宴を催します。 そしてクリスマス・イブの金曜日の夜7時半には、教会でクリスマスの食事会も催します。 しかしそれらの美しく意義のあるキリストの誕生を祝する間にも、私達は地獄について忘れないようにしましょう。 地獄は罪の結果によるのです。 イエスはそれらの恐ろしい炎から罪人を救い、十字架で死なれる為に、お生まれになりました。 使徒パウロはこのように言っています、
“キリスト・イエスは、罪人を救うためにこの世にきて下さった”
(テモテへの第一の手紙第1章15節)。
主の御使いはヨセフに言いました。
“その名をイエスと名づけなさい。彼は、おのれの民をそのもろもろの罪から救う者となるからである” (マタイによる福音書第1章21節)。
それが、正にクリスマスの真実の意味ではありませんか? キリストは、人の罪の為に天から下られ、地獄から罪人を救う為に十字架につけられたという真実が、クリスマスの真なるメッセージではありませんか?
しかし、もしあなた方がクリスマスの前に死んでしまったらどうでしょうか? ひょとして今晩ここにいる誰かは、この2,3日中に亡くなるかもしれません。 もしそれがあなた方に起こったならば、12月25日にあなたは地獄で最初のクリスマスを過ごす事になるでしょう。 そしてこの聖句は、金持ちと同様あなたについても言えるのです。
“子よ、思い出すがよい”(ルカによる福音書第16章 25節)。
あなた方が今のままでいるならば、今年のクリスマスではないとしても、いつか、あなた方が予期しているよりも早く、火炎で苦しむその所でクリスマスを過ごす事になるかもしれません。 あなた方が地獄で最初のクリスマスを迎える時、何を思い出すでしょうか?
I. 最初に、あなたが軽視した説教を思い出すでしょう。
疑いも無く、あなたがどのように思いをそらし、説教に耳をそむける様になったかを思い出すでしょう。 あなたはそれが習慣となっていた事を思い出すでしょう。 最初は、説教があなたの心を悩ませ、そして永遠なる事柄について考えさせられたことでしょう。 しかし時が経つにつれ、あなたの心から悪魔に御言を“奪い取られる”事が次第に容易になっていきました(マタイによる福音書第13章19節、参照)。
“道ばたに落ちたのは、聞いたのち、信じることも救われることもないように、悪魔によってその心から御言が奪い取られる人たちのことである”(ルカによる福音書第8章 12節)。
最初は悪魔がそうする事は困難でした。 しかし月日が経つにつれ、あなたは、そのような悪魔の策略に非常になれてしまい、何事も心を悩ます事もなくなってしまったのです。 そうしてあなたは、毎回説教の間に死の眠りへとずり落ち始めたのです。 最後に、あなたの良心は焼け、キリストが御自分の敵対者達に向かって言われたように、あなたの心は非常に冷淡になってしまうのです。
“あなたがたが、わたしの言葉を悟ることができないからである”
(ヨハネによる福音書第8章43節)。
あなた方は説教に対して非常に鈍感になり、“神は彼らを正しからぬ思いにわたし”(ローマ人への手紙第1章28節)と、あなたについても言える事を、私は信じます。
“子よ、思い出すがよい”(ルカによる福音書第16章 25節)。
地獄で、あなたは多くの説教を思い出すでしょう。 あなたが燃えたぎった洞窟で最初のクリスマスを過ごす時、あなたは疑いも無く、正にこの説教を思い出すでしょう! 地獄で、あなたは軽視した説教を思い出すでしょう。
II. 次に、あなたは神の御霊を拒否した事を思い出すでしょう。
地獄での最初のクリスマスで、あなたの罪を聖霊が悟らせた時の事を、あなたははっきりと思い出すでしょう。 イエスは言われました、
“それがきたら、罪と義とさばきとについて、世の人の目を開くであろう”(ヨハネによる福音書第16章8節)。
ここにいる何人かが、最初のクリスマスを地獄で過ごす時、神の御霊があなたの心を敏感にさせた時の事を思い出すでしょう。 神の御霊があなたを恐れさせた時の事を思い出すでしょう。 あなたがどんなに涙を流したかを思い出すでしょう。 しかし、あなたは、どのように御霊の働きを拒絶し、聖霊があなたから去っていくまであなたは拒絶した事を思い出すでしょう。 そうして、神はあなたにこのように言われているように思えます、
“エフライムは偶像に結びつらなった。そのなすにまかせよ”
(ホセア書第4章17節)。
ライス博士が書かれたように、
裁きを迎えることは何と悲しいことか、慈悲なくあなたは思い出す
聖霊が立ち去るまで、あなたは躊躇い留まった
あなたが死に対して何ら望みがないのを知る時、何を咎め嘆くのか
あなたはあまりにも長く躊躇い留まってしまった!
(“If You Linger Too Long” by Dr. John R. Rice, 1895-1980).
“子よ、思い出すがよい”(ルカによる福音書第16章 25節)。
あなたが最初のクリスマスを地獄で過ごすとき、あなたはどのように罪を悟らす御霊を拒絶したかを思い出すでしょう、また、どのように“聖霊が立ち去るまで、あなたは躊躇い留まった”(ライス、同著)かを思い出すでしょう。
“子よ、思い出すがよい”(ルカによる福音書第16章 25節)。
娘よ、思い出すがよい! 幕が下ろされ、照明が消されるとき、あなたの魂は火炎の中へ投げ込まれる―息子よ、思い出すがよい! 娘よ、思い出すがよい! あなたは、自分が軽視した説教を思い出すでしょう。 あなたは自分が拒絶した御霊を思い出すでしょう。
III. 最後に、あなたは、敬意しなかった救い主を思い出すでしょう。
いいえ! あなたは、自分はキリストに敬意を称していると言わないでください! 自分にうそをつかないでください! あなたは彼に対して何ら尊敬の念をもっていません。 何ら持っていません! これがあなたについて聖書が語っていることです、
“彼は侮られて人に捨てられ、悲しみの人で、病を知っていた。また顔をおおって忌みきらわれる者のように、彼は侮られた。われわれも彼を尊ばなかった。”(イザヤ書第53章3節)。
もしあなたがキリストに敬意を称するならば、あなたは彼を求めるでしょう。 もしあなたがキリストに敬意を称するならば、あなたは“狭い戸口から[最善を尽くして彼に]はいるように努め”(ルカによる福音書第13章24節)ることでしょう。 あなたが努めたことは何ですか? ルターのように何時間も祈りましたか? ホィットフィールドのように数種間も断食をしましたか? ウェスリーのように自分自身を駆り立てましたか? スポルジョンのように吹雪にも負けず挑みましたか? 私は言いましょう、あなたは決して努めてはいないのです。 そしていつか、あなたが地獄にいるとき、あなたはキリストを求めるのに何と怠惰であったかを思い出すでしょう!
“子よ、思い出すがよい”(ルカによる福音書第16章 25節)。
娘よ、思い出すがよい! あなたはそれを地獄で思い出すでしょう! あなたは、自分がイエス・キリストに敬意を称していなかったので、真摯に彼を追い求めていなかったことを思い出すでしょう。 彼は言いました、
“あなたがたはわたしを尋ね求めて、わたしに会う。もしあなたがたが一心にわたしを尋ね求めるならば” (エレミヤ書第29章13節)。
息子よ、思い出すがよい! 娘よ、思い出すがよい! あなたは永遠の火炎の中で、どのようにあなたがイエスを侮り、彼の救いの提供を拒絶したかを思い出すでしょう。
あなたは軽薄にも時を過ごし、彼に思いを置かなかった、
あなたは罪を重ね続け、こころは無残なものとなった 、
あぁ、神の辛抱が続き、甘い霊が与えられれば。
もしあなたを二度と呼ばわらないならば、あなた自身、地獄へ落ちる。
裁きを迎えることは何と悲しいことか、慈悲なくあなたは思い出す
聖霊が立ち去るまで、あなたは躊躇い留まった
あなたが死に対して何ら望みがないのを知る時、何を咎め嘆くのか
あなたはあまりにも長く躊躇い留まってしまった!
(“If You Linger Too Long” by Dr. John R. Rice, 1895-1980).
(説教終了)
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クレイトン L. チャン医師による説教前の聖書の朗読: ルカによる福音書第16章19-25節。
ベンジャミン キンケイド グリフィス氏による説教前の独唱:
“If You Linger Too Long” (by Dr. John R. Rice, 1895-1980).
要 綱 地獄でのクリスマス R. L. ハイマーズ、Jr. 神学博士 著 “子よ、思い出すがよい” (ルカによる福音書第16章25節)。 I. 最初に、あなたが軽視した説教を思い出すでしょう。 II. 次に、あなたは神の御霊を拒否した事を思い出すでしょう。 III. 最後に、あなたは神の御霊を拒否した事を思い出すでしょう。 |