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ケリー博士の宣教師の教訓

ロバート ハイマース 神学博士 著

MISSIONARY LESSONS FROM DR. CAREY
by Dr. Robert Hymers

ロスアンゼルスのバプテストタバナクル教会にて
2006年2月19日、主の日の晩に説かれた説教

A sermon preached on Lord’s Day Evening, February 19, 2006
at the Baptist Tabernacle of Los Angeles

“それゆえに、あなたがたは行って、すべての国民を弟子として、父と子と聖霊との名によって、彼らにバプテスマを施し、あなたがたに命じておいたいっさいのことを守るように教えよ。 見よ、わたしは世の終りまで、いつもあなたがたと共にいるのである。 アーメン”(マタイによる福音書第28章19-20節)


リチャード・ウォームブランド(Richard Wurmbrand)牧師は、ルター派の牧師で、ある点に関してバプテストとは見解が異なりましたが、いつも私は彼に大変好意を抱いていました。 私と妻はかつて光栄にも彼の家に招かれ、彼の奥さんと食事を一緒にさせていただきました。 ウォームブランド牧師は、キリストの福音を説教したがために、ルーマニア共産党の監獄で14年間過ごしました。 これだけでも彼は私にとっては信仰のヒーローでした。 ウォームブランド牧師はまた、特に後進国への伝道に深く献身をした人でもありました。 ウォームブランド牧師が、“近代の宣教の父”と呼ばれる、私たちバプテストの先祖であるウィリアム・ケリー(William Carey)博士について、次のように語っているのはふさわしいことです。 ウォームブランド牧師曰く、

    ウィリアム・ケリーは、キャプテン・クックの航海日誌を読んで宣教師の仕事に興奮を覚えました。 彼は自分にこう問いただしました。 「もし、他の人が冒険心から、あるいは科学の発展に貢献したいという欲望から、そこまでできるのであれば、私たちもキリストに仕える上で、同じようにそうすべきではないのか?」 
     [英国の]自分が営む靴の修理店の壁に、彼は[世界]地図をはり、他の異なる人達の宗教について彼が知っていることを書き留めました。 彼は常に何億もの失われている人達のことを思っていました。
     小さなバプテスト教会の副説教者として、彼はある教会の会議に出席し、[マタイによる福音書第28章19-20節の]すべての国民に教えよ、と言われた訓戒は未だに義務付けられているのかどうか、と質問をしました。 彼は話し続ける事を許されず、“哀れな熱狂者”と呼ばれました。
     後に、ケリーはインドへ行き、彼は語学の天才であることを証明しました。 新約聖書を[インド言語である]ベンガル語に翻訳したのは彼でした。 ついに彼はインドの人達に新約聖書を34の言語に翻訳することができました[彼は、聖書が42の東洋の言語に翻訳されるのを監督しました。 よって、神の言葉は世界の三分の一の国々で読まれることが可能になったのです。 彼の同僚の一人は福音の言葉を中国語に翻訳した先駆者でした。]
     ・・・ケリーはカルカッタ大学の東洋言語学の教授になりました彼は文法と辞書を多種のインドの地方語で書きました・・・彼は幾つかの学校の設立者であり、インド生まれの伝道者の先生でした。
     彼の影響により、ガンゴ・サンゴア(Gango Sangor)の[ヒンズー教の]祭りで、子供達をワニに放り込む野蛮な風習が絶え、死んだ夫と共に彼等の妻が生きたまま焼かれるといったことも絶えました。 そして、彼はまたらい病者を保護しました。
     彼の臨終時に、その部屋にいた一人がケリーを賞賛すると、彼は最後にこう言いました。「君はケリー博士のことについて話していたが、私が去って行くその時には、ケリーの事を話してはいけない。 ケリーの救い主である神の事を話しなさい。」(リチャード・ウォームブランド牧師の 神のお告げ[The Oracles of God]からの抜粋)7ドルで購入可能:購入先は、Voice of the Martyrs, P.O. Box 443, Bartlesville, Oklahoma 74005; phone (918) 337-8015)

起立してウィリアム・ケリー博士の好んだ聖書の一節であるマタイによる福音書第28章19-20節を声を出して読んでください。

“それゆえに、あなたがたは行って、すべての国民を弟子として、父と子と聖霊との名によって、彼らにバプテスマを施し、あなたがたに命じておいたいっさいのことを守るように教えよ。 見よ、わたしは世の終りまで、いつもあなたがたと共にいるのである。 アーメン”

私達は、ウイリアム・ケリー博士が教えた偉大な宣教師の信念の三つを、このテキストから学びます。

Ⅰ. 最初に、私達は出て行かなければならない。

“それゆえに、あなたがたは行って、すべての国民を弟子として、父と子と聖霊との名によって、彼らにバプテスマを施し、”(マタイによる福音書第28章19節)

ケリー博士は、最初にイギリスの彼の故郷である村へ行き、それからインドの人々のところへ、そして最後に、彼の翻訳を通して後進国、主に東洋に出て行きました。

すべての男性女性、すべての若者と子供は出て行くように使命されています。 ケリー博士は、この使命は使徒達だけでなくすべてのクリスチャンに与えられているということを強調しています。 新約聖書のその他の章節、そして歴史は、彼の見解は正しかったことを証明しています。 そして、伝道をしない人達は間違っているのです。 私達は皆、失われている世界へ行き、最善を尽くして人々をキリストに導くことを使命されています。 私達の伝道への熱意は決して冷めてはなりません。 私達は、神の霊がケリーがしたように失われた人を得るように、私達の心をかきたててくれるように祈らなければなりません。

“それゆえに、あなたがたは行って、すべての国民を弟子として、父と子と聖霊との名によって、彼らにバプテスマを施し、”(マタイによる福音書第28章19節)

レジナルド・へバー(Reginald Heber, 1783-1826)は、彼のすばらしい宣教の賛美歌の中で、そのことを次のように描いています。

グリーンランドの氷で覆われた山々から、インドの珊瑚色の浜から、
金色の砂の流れ落ちるアフリカのまばゆい泉のあるところ、
多くの古代の河より、多くの椰子の木の平原より、
彼らは彼らの土地を誤った綱から自由にするよう私達に呼びかける。
  (“From Greenland’s Icy Mountains” by Reginald Heber, 1783-1826)

“それゆえに、あなたがたは行って、すべての国民を弟子として、父と子と聖霊との名によって、彼らにバプテスマを施し、”(マタイによる福音書第28章19節)

それは、神が若い男性もしくは女性を、私達の教会から遠く離れた伝道の地へと呼んでいらっしゃる、ということなのではないでしょうか? そのような呼びかけに、あなたはどのように準備すべきなのでしょうか? まさしくウィリアム・ケリー博士のようにです! あなたの心の準備のために、勉強をしっかりそして十分にすることです。 多くの時間を聖書を読むことと祈りに費やしなさい。 そして何よりも毎週木曜日と土曜日の夜に、この教会から伝道に出ることです! ロスアンゼルスは何億もの救われていない、教会にも属さない、そして愛されていない人達で満ちている都市です。 私達があなた方を伝道に送るとき、彼らを追い求めなさい! 決して止(や)めてはいけません! この任務を全(まっと)うするために、ケリー博士の神に激励してもらいなさい! 失われた人をキリストに、そしてこのロスアンゼルスの教会に導けない男性もしくは女性は、外国の地でもそうすることはできないでしょう! 仕事に取り掛かり、今その方法を学びなさい! それが、外国の宣教の地へ行くためのまず一番の準備です! 十字架の上で磔(はりつけ)にされよみがえられたキリストについての説教を聞くために、今すぐに人々をこのローカルの教会に連れてくることを始めなさい! これが、ケリー博士から学ぶまず最初の教えです。

Ⅱ. 次に、私達は出て行って彼らをローカルの教会につれて来なければならない。

ケリー博士はバプテストでした。 そして、彼は心からその教(おしえ)に同意していました。 ただ小冊子をくばったり、家の玄関口や通りで幾つかの短い言葉をかける、といったような“伝道的”なやり方は、新約聖書の語られている伝道標準には達していません。 私達の目標は、何人の人達に手短な祈りをするかでは決してなく、福音の説教を聞くために、教育するために、そして洗礼を受けるために、何人の人達をこのローカルの教会に導くかであるべきです。 これがケリー博士がしたことなのです。 もし私達がキリストの偉大な使命に真に従うのであれば、これが私達がしなければならないことなのです! 起立をしてもう一度マタイによる福音書第28章19-20節を声を上げて読んでください。

“それゆえに、あなたがたは行って、すべての国民を弟子として、父と子と聖霊との名によって、彼らにバプテスマを施し、あなたがたに命じておいたいっさいのことを守るように教えよ。 見よ、わたしは世の終りまで、いつもあなたがたと共にいるのである。 アーメン”(マタイによる福音書第28章19-20節)

着席してください。 “教える”[弟子にする]、“バプテスマを施し”[ローカルの教会の儀式]、“いっさいのことを守るように教えよ”の言葉に注意してください。 これらの言葉とその表現は、ローカル教会中心の伝道を明白に指摘していることに注目してください! 伝道とはすなわち、失われた罪人を、説教が聞け、弟子になれ、洗礼をうけ、そして訓練が得られる教会に連れてくるように意図されています。 それがケリーのやり方でした。  それが使徒達のやり方でした。 それがキリストのやり方-ローカル教会中心の伝道でした! たくさんの小冊子をくばることでなく、玄関の扉をたたき手短に祈りをすることではないのです! 人々を変えることもない全世界教会主義のような、意味のないものではないのです! いいえ! 最初であり主要である新約聖書の福音伝道とは、人々をこのようなローカルの教会に導くことなのです。

“真理の柱、真理の基礎”(テモテへの第一の手紙第3章15節)

私はランドマーカーと呼ばれても結構です! 私はそのような呼び名に耐えられます! キリストが私達のテキストの中でこの真実に対して証(あかし)となってくださいます! その偉大な使命は、私達が彼らを連れてくることを要求しています! 私達が失われた人を“教え”そして“弟子にする”ことができる方法は他にはありません! 私達は効果のない時代遅れのやり方を拒否しなければなりません! 私達は出て行き、人々の名前と電話番号をとり、彼らに電話をかけ、自分達のクルマで彼らを連れて来なければなりません。 私達はキリストに従わなければなりません。 そして、

“この家がいっぱいになるように、人々を無理やりひっぱってきなさい。”(ルカによる福音書第14章23節)

昔からの賛美歌に描かれているように、 彼らを連れて来なさい。彼らを連れて来なさい。彼らを罪の地から連れて来なさい。  彼らを連れて来なさい。彼らを連れて来なさい。さまよっている者達をイエスに連れて来なさい。 ("Bring Them In,” by Alexcenah Thomas, 19th century)

Ⅲ. 最後に、私達は断念してはならない。

ウィリアム・ケリーは、私達のテキストの最後の句は、クリスチャンの歴史の初めから終わりまでを通して、私達すべてに与えられた使命であることを指摘しました。 

“見よ、わたしは世の終りまで、いつもあなたがたと共にいるのである。 アーメン”(マタイによる福音書第28章20節)

私達は“この世の終わりまで”出て行き弟子をつくるよう告げられています。 私達は決して伝道を止めてはいけません-この今の時代の最後まで!

それは、必要ならば、私達はさまざまな試練を通り抜け、多くの障害を乗り越えていかなければならないことを意味しています。 使徒行伝を読むだけでも、使徒達が何度もの苦難そして障害に遭ったかを知ることができます。 このことは、ケリー博士の生涯の中でも当てはまりました。

ウィリアム・ケリーは、彼が最初に宣教の地へ行くことを考えていたとき、周りの強固な反対に面しました。 ケリーは、「その付随の約束が共通のものであることを知っているからには、使徒にくだされた『すべての国民に教えよ』という使命は、この世の最後に至るまで、後の聖職者達にも義務付けられたものではないであろうか?」という質問を持ち上げました。 それは、彼が公にこのことについて語った最初の時でした。 その会議を進行していたレイランド博士(Dr. Ryland)は、「若者よ、座りなさい。 神が未開の国を改心させようと思われるならば、彼はあなたや私の助けなど無くして、そうされるでしょう。」 しかし、ケリーは彼らをどうにか説得し、何年後かには、レイランド博士自信も宣教への動機を支えられました。

ケリー博士がインドに着いたとき、彼は三度説教をすることに失敗しました。 彼は、「私は見知らぬ土地でただ一人である」と言いました。 何年かの試み、当惑、そして悲哀の後、ケリーは「アブラハムは、神が彼を呼ばわれた時、ただ一人であった、ということが、私にとっては、非常な慰めであった。」とも言いました。 彼が宣教の地へ来て5年後に、彼の妻は狂気になり、ケリー博士は彼女が亡くなるまで看護しなければなりませんでした。

ケリーは7年間一人も改心した者に出会いませんでした。 長い年月をこえて1800年12月28日に、以前ヒンズー教の信者で、偶像崇拝を辞め、キリストに改心したクリシュヌ(Krishnu)という人に、洗礼を施しました。 それを観察していたワード(Ward)という人が、「信仰の友ケリーは、自分自信の成功の希望がほぼつきるまで、待っていた。」 クリシュヌはとても有用な説教者になり、死に至るまで忠実でした。

ケリー博士は41年間インドで宣教師として過ごしました。 彼は一時帰休も全くせず、再び彼の故郷を見ることもありませんでした。 生存中彼は、彼の功績の成果を多く見ました。 彼は自筆でもって聖書のすべての章節をベンガル語に翻訳しました。 彼の同僚であるマーシュマン博士(Dr. Marshman)は、中国語に翻訳しました。 彼らは共に、聖書の幾つかの箇所を40以上の言語と地方語に印刷しました。 彼らは現地の牧師を養成するための大学を建て、病院、らい病専門の病院、そして30以上の大規模な伝道教会を設立しました。

彼が死の床についたとき、幾人かの宣教師がケリー博士に会いに来ました。 クーロス博士(Dr. Culross)は、そのときの状況を次のように語っています。

彼らが、主にケリーの宣教の生涯について長い間語っていると、臨終の床の彼は「祈れ」とささやかれました。-ダフ(Duff)はひざまずいて祈り、そして別れの挨拶をかわしました。 彼がその部屋をでたとき、か弱い声で、自分の名前が呼ばれたのが聞こえたように彼には思われました。 そして、振り向くと自分がまた呼ばれているのに気がつきました。 彼が[部屋に戻ると、ケリー博士は]、「ダフ君、あなたはケリー博士、ケリー博士について話していたが、私が去ってしまったら、ケリー博士のことではなく、ケリー博士の神についてだけ語りなさい。」と言われました。

私達が今晩ウィリアム・ケリーについて思うとき、彼の最もよく知られている説教で、1792年5月30日にイギリスのノッチンガム(Nottingham)で説かれた、“神からの偉大なことを期待せよ。 神のために偉大なことを試みよ。”の主題を思い出してください。 今晩ここにいる皆さんがただそれだけ、“神からの偉大なことを期待せよ。 神のために偉大なことを試みよ。”を行なうようにしましょう。 ロスアンゼルスの宣教の地は私達の目の前にあります。 このようにお告げになったキリスト・イエスに従いましょう。

“それゆえに、あなたがたは行って、すべての国民を弟子として、父と子と聖霊との名によって、彼らにバプテスマを施し、あなたがたに命じておいたいっさいのことを守るように教えよ。 見よ、わたしは世の終りまで、いつもあなたがたと共にいるのである。 アーメン”(マタイによる福音書第28章19-20節)

(説教終了)
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クレイトン L チャン医師 (Dr. Kreighton L. Chan) による説教前の聖書朗読:
マタイによる福音書第28章16-20節
ベンジャミン キンケイド グリフィス氏 (Mr. Benjamin Kincaid Griffith)
による説教前の独唱: “From Greenland’s Icy Mountains”
(作詞Reginald Heber, 1783-1826, “Marines’ Hymn”の調べで歌われた)


要 綱

ケリー博士の宣教師の教訓

ロバート ハイマース 神学博士 著


“それゆえに、あなたがたは行って、すべての国民を弟子として、父と子と聖霊との名によって、彼らにバプテスマを施し、あなたがたに命じておいたいっさいのことを守るように教えよ。 見よ、わたしは世の終りまで、いつもあなたがたと共にいるのである。 アーメン”(マタイによる福音書第28章19-20節)

I.   私達は出て行かなければならない。マタイによる福音書第28章19節

II.  私達は出て行って彼らをローカルの教会につれて来なければならない。     テモテへの第一の手紙第3章15節;ルカによる福音書第14章23節

III. 私達は断念してはならない。マタイによる福音書第28章20節